Mev

6.5

泣きながら文字を追うことがある

線が滲んでも追うことがある たまに 夜

 

目の前が光で見えなくなるくらい遊んだことがあるひとと居たい

 

やりたい事といったら物体の持つ力を信じ続けることとか そういった生の文化だと思う

もっと言えば生の文化の、個の、ムードだと思う ここにいてこういうことがあった という記録の話だと信じてる

 

今日タルコフスキー「鏡」を見て芸術媒体としての知的さ、それに付随する潔さを浴びた 本当に、好きだった

 

そういった純粋さが純粋である人ほど、の、目が好きで、会うだけで心が踊ったりする。そうしてどんどん 私が私になってゆく 一緒にいることで 

 

いつでも口ずさめるように私は ここに書いたりする

 

豊かなきもちがあるからいきていける そんなきもちを写してくれて本当にありがとうと思う

 

影が急にはや回りするような そんな感覚に襲われる文化に触れると、涙が出る

そんなみんなの顔を 見ていたいと思う 場所に立って、たまに話して、ああ と歩きながら、夜とか、道で思いたい

 

じぶんの中の桃源郷 のような空気を感じる そんな日は ひとは 音楽は 映画は 特別だと思う 素直にすきと言えるまでに長いこと思考した 時間がかかった 

涙が出るくらい どうしようもなく好きだと思う ありがとう

5.31

合図があった ピントを合わせた

おれはここでずっと 止まったままだなあ

 

自分の言葉がない

滲んで見えた正しい景色を正しく見れるか

 

あいつが見えたから手を振る

おれはいっこうにおもいが溜まったままだなあ

 

時に備わった知識を殺す

時に備わったおもいを殺す

 

まえが見えなくて 何もかもがわからない 

4.5

正確な理由は覚えていませんが、雨か何かでしょうか?

 

自分にとって楽な逃げ場を探していた
私はあなたを見た

あなたは雲の中を漂ってた

あなたは緊張してた

家の前の道を歩くと安心できる

 

手のひらで卵を潰していたのは、わざとじゃないのか 簡単なものを探していると、流されてしまう

 

いけるかな

 

なぜかゆっくりとした時間が流れてゆく

私の愛は、あなたが子供の頃に跳んだロープのように長い

しかし、年月が経てば経つほど、コードは擦り切れていく。

 

今すぐ行く
どんな感じなのか見てみたい
失うものがないとき

 

2017年に死んだ彼と同じ薬を飲んでいる

 

かぜのたよりにならない たてがみをとかした


半分乾いた目で待ってる
何かが落ちたり何かが起きたりするために

 

言葉は知っていたが話せなかった
言いたいことが言えない
あの日を思い出す
窓辺で

私はじっと立っている
通り過ぎる人々を私は見ています

 

息が短い 風が強い クレイジーな夢
少しだけ視力を調整して家に帰ると彼女は言った

 

窓辺であなたが光輪をしているのを見た
鮮やかなブルー、ロイヤルブルー
よくわからなかったのでよく見た
スタートメニューを過ぎてプレイした

 

青い光が完全な正方形に落ちる
外歩道に

窓枠の端まで忍び寄る
そこに立ち往生、青いxxxで

 

私の両足を青い大地に深く沈める
中をのぞいて、そこに君がいる

すべてはまだ聖なる部屋にある

 

 

言えないことを書き留める

言葉しか思い浮かばない

 

(baby)天使が銃を飛ばしている
体がだるい キッチンで怠惰に 爪を噛んでいる

 

あなたの目を通して、光の反射は私を泣かせるかもしれません
11月半ばの嵐の後
でも君は赤いシャツとそれを傷つける物語、ほら話と汚れの陰謀を持っている
そして君は言い訳をくれた

 

 

まばたきをするときは、見ているものが我慢できないから

 

あなたはあなたの運命に何を照らしますか

4.4

 

1998年の彼らのライブにいってきた

 

鳴り続ける聡明な音楽

精神と肉体の乖離、生死の境、と、あの屋上/陽ざしが

 

怖かった,

その音を連れてく。

 

無意識で意識がこのまま居なくなっちゃうかもしれない。

3.10

考える。

 

記憶の断片を必死にかき集めて墓標をたてること。行き場のない気持ちに部屋を与えてあげること。私自身が眺めになること。自らそうしてふるまい続けること。

公平に分け与えられている言葉や文字のちょっとした羅列の違いで気分が高揚すること。愛す、普遍をわかっていながら血が出るまで壊し続けること。繊細さがいじらしいこと。それよりももっと大きな物流に乗って流れ出てくることへ対して果たして私たちはいつまで身を固めていれるだろう。

 

19歳の記憶を反芻する。2019年のひとりぼっちな空気は確かにそこにあったはずで、なんとなく友人も感じていて、お互いに沈黙しながらもその空気の中で互いについて毛づくろいしあっていた。人の気流を信じざるを得ないくらい、今とじゃ何か大きな同じ思いを抱えて、むしろそんな思いが無ければ取り残されるようだった。

2020年に新型ウィルスが流行して以降の記憶がまっさらと、ない。そんな記憶をどこか置き去りにしてきた様で、でも五感は覚えていて、身体だけが頼りな、そんな原始的な気持ちになる。

 

最近ようやく当時の友人たちと当時の自分と顔を合わせるようになれた。変わらず、お互いの気持ちはずっと沈黙したまま、気づいた時に顔をあげて合わせては笑ったりするだけだった。

 

ただそこだけしか拠り所が無かった自分とずっと決別していたけど、統合出来た。それまで、ずっと苦しかった。

 

年をとるごとに、これまで為してきた事の延長線上としての現実ががっちりと食いついて、もう他の世界線を夢想できないなと思った。それはその瞬間で出来上がった気持ちの決断の積み重ねのくせにね。いくつもの人生の通りがある中で、ひとつ、大きな綺麗な気持ちを抱えてしまえたのだったら、それにはもう勝てないんじゃないかとか。拠り所が増えてゆくのが、こんなにも怖いとか。

考える。

 

これからの事を考えようって言っていた過去が、あてもなく綺麗に見える。未来に馳せる気持ちを前面に出してきたけど、たまに弱気になってそんなことをおもう。弱気、なんて、というか、それくらい特別だった。

 

世界がまもなくおわるーってときもずっとのんきにこうしているんだろうね。って、本当だったね

tubbydate

色褪せないくらいの景色保ってくことがこんなにも

午前の光浴びすぎちゃって 正気以外ない

目を閉じて観念っていつも?

先生にあったらなんていうんだよ 28時まえ

空想広場にて片足だつたましい

裸眼 キャミソール 壊れたジープ 恋わずらい 正解の天気

 

 

2.12

春のにおいがする。疲弊。

書くこともちょっとしんどくって、日ごとにこんな調子差があるのはなんか奇怪。

 

もう死ねるな と思うことが増えた。

希死念慮は自覚する限り一回も覚えがなかったけど、楽観的な意味で、もう何もないなと思うことが増えた。これをどうしようかと悩む。

良いライブをした後は色々考えてしまって最近はその方がしんどくて、原因が無い慢性的な気持ちを抱え続けるのは高度だ!あとはもうひたすらに頑張る、ことしか手段が無い。その途方もなさに、暮れる。そして、ずっと私はまともでいることが苦しいとおもう。

 

とかいう、一時の感情にどこまでもつれていかれるのだから、あまり自分を信用していないし、一番不確実な現実も信用せず適当に見ようとか思えたら、それは、その時が本当に良い。